• New "Environmentalism"
東京臨海部のまちづくりについて ランドスケープの気づき
2023.04.10

「東京ベイeSGまちづくり戦略2022」の具現化を踏まえ、今年3月上旬に東京都からヒアリングを受けた。今年度のヒアリングは、建築・緑地・エネルギー・交通・公共の5つの分野から各2名の専門家が対象となるそうだ。各分野のうち1名は、30代後半から40代前半の専門家が対象となり、私は緑地分野から、そしてランドスケープ・アーキテクトという実務家として意見を述べさせていただいた。

*東京都によって策定された臨海部のグランドデザインついては、「東京ベイeSGまちづくり戦略2022」を参照されたい。文末に概略を記載している。

東京都HPに公表されている「東京ベイeSGまちづくり戦略2022」の表紙
  1. 生態学視点を取り込んだ都市づくり

 建築の配置や形態といった物理的空間を操作する前に、都市の下敷きとなる「思想」を抱くことは重要だ。「思想」がなければ、物理的な改良をいくら重ねたところで、世界的に競争力を持った都市には育たないだろう。環境への貢献がますます求められる今日、生態学的な視点を都市の「思想」に取り入れられないだろうか。

 経済効果のみならず、環境への貢献は今や都市づくりの必須条件だが、その貢献の深度は都市の魅力を計るバロメーターであり、都市の競争力に直結する。 小学生の頃より、オゾン層の消失など深刻な環境問題がテレビのニュースで流れ、学校でも議論が活発に行われたためか・・・自らの行動が、自分の居住地域から離れた社会や環境にも影響を及ぼすことを教えられている。時間や空間を超えて、物事が影響しあう関係性が生態系である。都市における人間の社会・経済・文化的活動が引き起こした、地球規模での気候変動や生物多様性の消失といった環境危機に対して、これ以上に負荷をかけたくない、さらには回復させたいという願いは、かっこつけた正義感でもなく、私たちの世代は常識として抱えている(と思う)。

 この”常識”とともに、環境への貢献によっ「健康な暮らし」を得られることを 私たちは期待している。 安心安全に住むことができる、豊かな時間を過ごせることは当たり前のことではない・・・強い意志と計画によって作りだせるものだと感じ始めている。そして「健康な暮らし」は、自然と結び付きやすいことも周知である。きれいな空気や水、快適な気候、 多様な生物との出会いや四季折々の変化など、人間が心地良いと感じる多くの機会を自然は与えてくれる。ヴァーチャルな空間が発展しても、リアルな自然体験が与えてくれる感動は変わらない。 自然の豊かさを享受し、自然の怖さに備えた「健康な暮らし」は、緑地分野のみならず、すべての分野の下敷きとなる「思想」によって導かれれる。

 人間の活動が深刻な環境危機を引き起こしたのも事実であるが、今もってその危機を回避および回復できるのも都市の力である。これからの都市づくりが、失われた生態系をリカバリーし、時には新しい生態系を生み出す機会にならないだろうか。

2.新しい植生へのまなざし

 ここからは緑地に特化したテーマで記述したい。ランドスケープは舗装計画、排水計画などオープンスペースを形作る様々な取り決めを行うが、ヒアリング対象となったモデル地区において重要視したのは植栽だ。東京湾臨海部に特徴的な植生は、未利用地の草地である。「東京ベイeSGまちづくり戦略2022 」のパースでは、東京内陸部で見られるような、中高木や低木地被類を多分に用いた植栽が描かれている。果たして、こうした森を想起させる緑地でいいのだろうか?この森はどのように実現するのだろうか?

 私は、未利用地の現状の植生を否定せずに、むしろベイエリアらしさとして捉えることはできないかと考えている。都市のアメニティ支える緑陰はあった方が良いが、空が木で覆われるほどには高木の数は必要だろうか?広い原っぱと広い空・・・この景色こそが臨海部の景観のアイデンティティになりえるのではないか。この原っぱは、ゴルフ場のフェアウェイのような完璧な芝生ではなく、自生する雑草の刈込で良いだろう。美しい芝を維持するための高額な管理費の呪縛から解き放たれてほしい。完璧な芝生ではなく、「これでいい」、そんな草地の考え方にシフトすることで、私たちは経済的な負担なく、次の世代の自然に身を置くことができるだろう。

 また、緑陰を作る高木に関しても調達ルートの確認をした方が良い。臨海部の広大なオープンスペースを活かして、圃場区画を設定するのも手である。幼木から土地に馴染んで育てられた樹木は、潮風の強い環境に十分耐性がつくだろう。図鑑をひけば、沿岸部に適した樹種と適さない樹種はリスト化されている。ただしそれは、樹木の育成場を問わず、搬入されてきた樹木についての見解である。図鑑においては”耐性があまりない”と記載される樹種であっても、幼木からその土地で育てれば、環境への耐性を備える可能性はおおいにある。そうした実験の場として臨海部の一部を利用するのもいいだろう。圃場が臨海部にあれば、運搬距離も近く、運送に係るエネルギーや経済的な負担も軽減できる。

「東京ベイeSGまちづくり戦略2022」 に含まれる、沿岸部のパース

3.洗練された疎

 「健康な暮らし」を求める声コロナ禍によっていっそう促進したのではないだろうか。商業業務施設が並ぶ臨海部には、新しいレクレーションやリフレッシュの場が生み出されることになるが、やはりこれもバリューシフトしなければならないと思う。

 これまでは、多人数が集合したイベントやそれによる賑わう様子が、パースにも描かれてきた。しかしながらコロナ禍によって、オープンスペースの使われ方が進化したように感じる。例えば、小型テントを公園内に接地し、その中で昼寝やゲーム、仕事をする人々も見受けられるようになってきた。広いオープンスペースにおいて、個々が自由に居場所を選び、思い思いの過ごし方をする・・・こうした小さく多彩な居場所が仮設的に表れる様子は、コロナ禍に特徴的でったと思うし、今後の緑地の使い方に示唆を与えるものだ。密にならず、各々でゆったりと過ごすレクレーショやリフレッシュ・・・屋外ならではの疎の良さが発見できたように思う。

 このように使い方を計画時に固定しない、柔軟に使い分けられる広い場を残しておくことは大事だろう。高木もない、サインやファニチャーもない、もちろん建築もない・・・開けた場を残すことは、余暇活動の実験の場、あるいは災害時の対応場所として可能性を一斉見せてくれそうだ。計画段階でできることは、計画を一斉しないことではなく、ケースごとのオプションを数多く設定し、最大公約数を抑えた状況をインフラとして整備することだろう。

4.立体的みどり、建物一体の緑空間について

 建物から屋外に向けてせり出すステップ状の緑化や、室内の緑化については、私個人は決して否定的ではない。屋外に広大な緑地があるなら、人工地盤上に植栽をしなくて良いのではないか?という意見も聞くが、人工地盤上の植栽や室内の緑化に関する技術は今後ますます発展が望まれるところである。知見を蓄積する上でも、多様な環境やビル形態に即した試みは貴重である。

 しかしながら、その目的を何とするのかは定める必要があるだろう。単なる緑視率を高めるだけでなく、アメニティの拡張やそれに伴う多心理的効果が見いだせると良い。シンガポールなどでは視覚的にインパクトを与える建物緑化が行われているが、これは台風のない、さらに熱帯に属する気候特性に大きく起因する。日本にとって、同じ土俵に立つ勝負は得策ではないだろう。日本ならではの視点と方法で、建築と緑化の融合が求められるだろう。

さて、このような意見交換などを行う2時間はあっという間だった。上記のほかにも、生き物の誘致、近接職能の連携、公共空間におけるエリアマネジメントなどいくつかのテーマにも触れられた。都市はダイナミックに変化する・・・人為と自然の関わりによって生み出される都市の魅力を最大化するために、思想を持って、さまざまな分野の知恵を活かしたいのものだ。

東京ベイeSGまちづくり戦略とは

東京都は、2021年に「臨海副都心」と「中央防波堤エリア」を主な対象地として、50年・100年先の未来の都市像を描いた「東京ベイeSGプロジェクト(Version1.0)」を公表している。「eSGプロジェクトの具現化に向けて、未来の都市像からバックキャストした2040年代のベイエリアを実現するための実行戦略が、「東京ベイeSGまちづくり戦略2020」と位置付けられている。ベイエリア全域を対象とした将来像を示す「東京ベイeSGまちづくり戦略2020」が、2022年に東京都によって策定され、グリーンとデジタルを基軸とした都市づくりのグランドデザインを踏まえ、行政の取り組みや民間の開発誘導の方策が示されている。

https://www.toshiseibi.metro.tokyo.lg.jp/seisaku/esg/data/esg2022_all.pdf?202207=)